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<立石寺>
山形領に立石寺(りゅうしゃくじ)といふ山寺あり。慈覚大師の開基にして、ことに清閑の地なり。一見すべきよし、人々のすすむるによりて、尾花沢よりとつて返し、その間七里ばかりなり。日いまだくれず。麓の坊に宿かり置きて、山上の堂に登る。岩に巖を重ねて山とし、松柏年ふり、土石老て苔なめらかに、岩上の院々に扉を閉ぢて、物の音聞えず。岸をめぐり、岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみゆくのみおぼゆ。
閑さや岩にしみ入る蝉みの声

・この句も、余りにも有名な句です。静寂のなかで、蝉の声だけが、岩にしみとおるように聞こえてくるのですが、岩にしみ入るの表現には、驚きでした。
<最上川>
最上川乗らんと、大石田といふ所に日和を待つ。ここに古き古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花の昔をしたひ、芦角一声の心をやはらげ、この道にさぐり足して、新古二道にふみまよふといへども、道しるべする人なければと、わりなき一巻を残しぬ。このたびの風流ここに至れり。
最上川はみちのくより出でて、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなどいふおそろしき難所あり。板敷山の北を流れて、果ては酒田の海に入る。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。これに稲つみたるを、いな舟といふならし。白糸の滝は靑葉の隙々に落ちて、仙人堂、岸に臨みて立つ。水みなぎつて舟あやうし。
五月雨をあつめて早し最上川
・最上川は、外から眺めるのと、実際に船で下るのとは大違い。ただでさえ急流なのに、五月雨で増水して、川下りが危険なほどの激流と化していた。
実際に見たことはない最上川ですが、この句から、その荒々しいさまが浮んでくる私です・・・・。
<出羽三山>
有難や雪をかをらす南谷
五日、権現に詣。当山開闢能除大師はいづれの代の人といふ事をしらず。延喜式に「羽州里山の神社」とあり書写「黒」の字を「里山」となせるにや。羽州里山を中略して羽黒山といふにや。出羽といへるは「鳥の毛羽をこの国の貢に献る」と、風土記に侍るとやらん。月山・湯殿を合はせて三山とす。当寺武江東叡に属して、天台止観の月明らかに、円頓融通の法の灯かかげそひて、僧坊棟をならべ、修験行法をはげまし、霊山霊地の験郊、人貴ひかつ恐る。繁栄長にして、めでたき御山といひつつべし。
八日、月山にのぼる。木綿しめ身に引きかけ、宝冠に頭を包み、強力といふ者に道びかれて、雲霧山気の中に氷雪をふんでのぼる事八里、さらに日月行道の雲関に入るかとあやしまれ、息絶え身凍えて頂上にいたれば、日没て月あらわる。笹を敷き、篠を枕として、臥て明るを待つ。日出で雲消ゆれば、湯殿に下る。
谷の坊に鍛冶小屋といふあり。この国の鍛冶、霊水を撰て、ここに潔斎して剣を打ち、ついに月山と銘を切て世に賞せらる。かの竜泉に剣を淬(にら)ぐとかや、干将・莫耶(ばくや)のむかしをしたふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。岩に腰かけてしばし休らふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半ば開けるあり。ふりつむ雪の下に埋れて、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし、炎天の梅花ここにかほるがごとし。行尊僧正の歌のあはれもここに思ひ出て、なほまさりておぼゆ。そうじてこの山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず。よつて筆をとどめて記さず。坊に帰れば、阿闍梨の求めによりて、三山礼の句々、短冊に書く。
凉しさやほの三日月の羽黑山
雲の峯いくつ崩れて月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
雲の峯いくつ崩れて月の山 夏空に高くそびえる雲の峰。その入道雲が、夕べとともに、いくつも次々に崩れてって、やがて三日月の光のなかに、羽黒三山の最高峰、月山が姿を現わした。
<酒田>
羽黒を立ちて鶴が岡の城下、長山氏重行といふ武士の家にむかへられて、俳諧一巻あり、佐吉もともに送りぬ。川舟にのりて、酒田の港に下る。淵庵不玉(えんあんふぎょく)といふ医師のもとをやどとす。
あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ
暑き日を海に入たり最上川
私は、暑き日を海に入たりの表現には、驚きました・・・・。
<象潟>
江山水陸の風光数をつくして、今象潟(きさがた)に方寸を責む。酒田の港より東北の方、越え、磯を伝ひ、いさごをふみて、その際十里、日影やや傾く頃、汐風真砂をふき上、雨もうろうとして鳥海の山かくる。闇中に莫作して「雨も又奇なり」也とせば、雨後の晴色またたのもしきと、蜑(あま)のとまやに膝をいれて、雨のはるるを待つ。その朝、天よく晴れて、朝日はなやかにさし出づるほどに、象潟に舟をうかぶまづ能因島に舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ、むかふの岸に舟をあかれば、「花の上こぐ」とよまれしさくらの老木。西行法師のかたみを残す。江上に御陵あり、神功皇宮后の御墓といふ。寺を干満珠寺をといふ。このところに行幸ありし事いまだ聞かず。いかなる事にや。この寺の方丈に座して簾を捲ば、風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天をささへ、その影映りて江にあり。西はむやむやの関、道を限り、東に堤を築て、秋田にかよふ道遙かに、海北にかまへて、浪うち入る所を汐ごしといふ。江の縱橫一里ばかり、おもかげ松島にかよひて、また異なり。松島は笑ふが如く、象潟はうらむるがごとし。寂しさに悲しみを加へて、地勢魂をなやますに似たり。
象潟や雨に西施がねぶの花
汐越や鶴脛(つるはぎ)ぬれて海涼し
祭礼
象がたや料理何くふ神祭 曾良
蜑の家や戸板を敷て夕涼み 低耳(美濃の国の商人)
岩上に雎鳩(みさご)の巣を見る
波こえぬ契ありてやみさごの巣 曾良
「汐越や鶴脛ぬれて海涼し」 汐越の浅瀬に立つ鶴の足がさざ波に洗われている。なんとも涼しげな海の景色です。
・次回に続く・・・・。