不思議と幸せ

小さな幸せ

スケッチ集 賢治作『銀河鉄道の夜』より 7

7、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」 いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで云いました。 ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのよ…

スケッチ集 賢治作 『銀河鉄道の夜』より 4・5・6

4、ケンタウル祭の夜 ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口付きで、檜のまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。 坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いま…

スケッチ集 賢治作『銀河鉄道の夜』より 1・2・3

はじめに 今回、宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』の挿絵をまとめるにあたり、筑摩書房・宮沢賢治全集の『銀河鉄道の夜』を底本としました。本文の区切りは、<1、午後の授業>から始まり、<9、ジョバンニの切符>となっていました。私は、その<9、ジョバンニの…

謹賀新年 

令和八年 丙午 あけましておめでとうございます。 本年も元気に 健康にすごされますように。 赤ちゃんですが、六ヶ月がたちました・・・。 赤ちゃんとヌオーです・・・。 ・今年もよろしくお願いいたします。

何気ない一日です・・・

今年は、次女の赤ちゃんとの出会いなどにより、楽しい日々を過ごすことが出来ました。これから、赤ちゃんはどんどん成長し、私は年老いてゆくばかりですが・・・・。 一日一日、無事にすごせたらなと、はてなブログの仲間のみなさんも、元気な日々であります…

東海道五十三次 32 荒井

32 「荒井・渡舟ノ図」(静岡県浜名郡荒井町) 舞坂と荒井(新居)間は船で渡る。海上を二艘の船が行き交うシーン。手前の船では、客たちが退屈の様子である。新居の関所は箱根とならび、最も取り調べのきびしい所として知られていた。 二艘の船が、舞坂から…

東海道五十三次 31 舞坂

31 「舞坂・今切真景」(静岡県浜松市) 舞阪とも書く。「今切」と呼ばれる舞坂と新居の間は、1498年の大地震で海と浜名湖の間が切れて入海となったところであった。 真っ白な富士山が右奥に見え、西側から舞坂方面を望む風景です。手前に並ぶのは、波除けの…

歌川広重と私

生まれは 1797年、死去 1858年。幕府の定火消役同心が浮世絵師 歌川広重となり、風景画家として『東海道五十三次』『名所江戸百景』などの名作を残しました。 私はこのブログでの『歌川広重・東海道五十三次』の紹介にあたり、次のように書きました。 大切な…

東海道五十三次 30 浜松

30 「浜松・冬枯ノ図」(静岡県浜松市) 天竜川の岸から浜松に向かう街道筋であろう。遠くに見えるのは浜松城。大きな木の下で農夫たちが焚火をし、旅人が振り返り、子守りの少女もいる。これも街道での何と言うこともない、しかしほのぼのとした一景である。…

東海道五十三次 29 見附

29 「見附・天竜川図」(静岡県磐田市) 天竜川は船渡しである。遠景近景の両方に大小の渡し船を配して遠近感を深めた単純な構図である。ここでも人物の背中に味わい深いものがあります。 にぎやかなはずの川越しの情景ですが、手前に描かれた二人の後ろ姿が…

玄江院にて・・・

鷹取山玄江院は、小諸市耳取にある曹洞宗の寺院です。日本人の多くは帰依する菩提寺を持ち、自らも檀信徒であり、仏教徒であるという自覚のもとに信仰生活や仏事を行ってきたのですが、近年、わが家の宗派を知らないという人も増えてきたようです。斯く言う…

東海道五十三次 28 袋井

28 「袋井・出茶屋ノ図」(静岡県袋井市) 宿場のはずれにある出茶屋である。わずかな木陰を利用し、簡単な葭簀がけである。店のおかみが火吹竹で火をおこす一方、駕籠かきは煙管を差し出して火を拝借。土手に腰掛けた旅人は、茶を所望し、立札にとまった鳥…

東海道五十三次 27 掛川

27 「掛川・秋葉山遠望」(静岡県掛川市) 季節は田植えの頃か。遠くの田んぼに菅笠の人々が姿を見せる。高く上がった凧が、画面の枠を突き破っているのは、現在のコミック風でもある。 凧揚げは、掛川周辺の名物です。糸が切れて吹き飛んでゆく凧も遠くに見…

宮沢賢治の詩 と私 『春と修羅』

宮沢賢治の童話を知っている、あるいは読んだことがある人は多いでしょう。が、宮沢賢治の詩を読んだことがある人は、少ないのではないでしょうか。 「雨ニモマケズ」の文は一般には詩として受容されているようですが、私は、詩とは受け取らず、メモとして残…

東海道五十三次 26 日坂

26 「日坂・左夜ノ中山」(静岡県掛川市) 道の真ん中に大きな丸石が転がっており、旅人が立ち止まって見ている。その昔、妊婦が山賊に襲われて殺され、その際産み落とした赤子を慕って、その母の魂のこもったこの石が夜泣きをしたと伝えられる「夜啼石」で…

東海道五十三次 25 金谷

25 「金谷・大井川・遠岸」(静岡県島田市) 大井川の西側は遠見国である。遠くに金谷の宿を眺める。ひときわ大きな輦台には、駕籠が載せられている。河原には、さまざまな休憩の姿が見え、のどかな景である。 遠江側の風景です。遠景に山々を描き、山腹に建…

鼻顔稲荷にて・・・

ふるさと佐久市にある鼻顔稲荷神社(祭神は宇迦之御魂命・うかのみたまのみこと)は、日本五大稲荷の一つに数えられています。父親が信仰していたので、子供の頃、「初午祭」に連れていかれたことが想い出されます。もっとも、私が住む近くに小さなお稲荷さ…

東海道五十三次 24 嶋田

24 「嶋田・大井川駿岸」(静岡県島田市) 大井川は、東海道第一の急流であり、徒渡し(歩いて渡ること)の最難所であった。河原で順番を待つ人々の姿が描かれる。駿岸は大井川の駿河(島田)側の岸のこと。 大井川は徒行渡ししか許されない、東海道屈指の難…

東海道五十三次 23 藤枝

23 「藤枝・人馬継立」(静岡県藤枝市) 宿場で荷駄の引継をする人馬たちを、俯瞰してとらえている。帳面を広げ、役人に説明する人物の他は、荷の整理をしたり、休んだりとさまざまである。旅の途中の何でもない光景であろうが、こうしたつかの間の休息の時…

忘れていたなつかしい時・・・

先日、次女が保育園見学のため市内の幾つかの保育園に行ったのです。そのうちの一つが自分が遥か昔に行った所だったのです。次女が、そのことを話すと、園長さんは、当時の卒園アルバムから、一枚の写真をコピーしてくれたのでした。 私は驚きでした。実際、…

東海道五十三次 22 岡部

22 「岡部・宇津之山」(静岡県藤枝市) 宇津山は、かつては在原業平が「つたかへでは茂りて、もの心細く」と書き記した淋しい山道で蔦の細道と呼ばれていた。後にひらかれた宇津谷峠をこえると岡部の宿がみえてくる。 宇津の谷峠の寂しい山道の描写です。坂…

東海道五十三次 21 丸子

21 「丸子・名物茶店」(静岡県静岡市駿河区) 名物「とろろ汁」を売り物にする店は現在でも繁盛しています。いかにものんびりとした景は、広重独特の俳句的な世界で、名作である。 藁ぶき屋根の茶店と丸みをおびた小高い山の姿と、茶店内の旅人がとろろ汁を…

宗教と私 3

3 「宗教と私」として書いてきて私は何を言いたかったのでしょう。 宗教とは、神や仏のような人間を超えた存在を信じるところからはじまるようですが、人間と神様が隔絶されていて、ただ神様や仏様を拝むだけでは、何か物足りなさを感じていた私です。 それ…

宗教と私 1・2

1 「宗教と私」として書いてみたいと思います。 概要として。 宗教の定義は、神や仏のような人間を超えた存在を信じ、それに伴う教義、儀式、組織、社会集団などを指す思想体系、またはその営み全般のことです。 日本語の「宗教」という言葉は、元々仏教の…

小諸城址懐古園と・・・

晴天の日でした。小諸城址懐古園に次女たちと紅葉を見に出かけました。小諸は自分の高校生活をおくった場所で、小海線での通学でした。懐古園内には、藤村の小諸時代を中心とした作品・資料などが展示された藤村記念館があります。 島崎藤村の詩には『若菜集…

葛飾北斎と私 『富嶽三十六景』 27

27 「東海道江尻田子の浦略図」(とうかいどうえじりたごのうらりゃくず) 「駿州江尻」と同じく静岡県静岡市清水区に存在した東海道五十三次の宿場町である江尻宿をテーマとした一図であるとされています。 本図は、遠景には富士山とともに三保の松原と思…

葛飾北斎と私 『富嶽三十六景 26』

26「御厩川岸より両国橋夕陽見」(おんまやがしよりりょうごくばしせきようをみる) 御厩川岸とは、浅草三好町付近に存在した河岸を指し、現代でいう東京都台東区蔵前近辺の地域となります。 本図は、渡し船を手前に大きく据えて、長い竿を持った鳥刺しや…

手塚治虫漫画と私

手塚治虫漫画というと、子供の頃、テレビで見たアニメ「鉄腕アトム」を思い出します。それから、中学・高校・社会人となり、「火の鳥」「ブラック・ジャック」などとの出会いがありました。私はブログに書きましたが、マイナーというか、個人的な日常のささ…

東海道五十三次 20 府中

20 「府中・安倍川」(静岡県静岡市葵区) 府中は現在の静岡市の中心部。ここでは阿部川の輦台渡しを主題とし、例によって背景は自由に再構成している。広重の風景画は自由な筆使いが中心であるが、ことに女性となると、彼自身の美人画そのものであり、その…

東海道五十三次 19 江尻

19 「江尻・三保遠望」(静岡県静岡市清水区) 江尻は今の静岡市清水区。港と駿河湾に伸びる三保の松原を望む景である。遠方に見えるはずの箱根連山や伊豆半島の山々は描かずに海にしてしまっている。広々とした趣の図に仕立てるための広重のテクニックであ…