2023-01-01から1年間の記事一覧
『方丈記』と無常 今年もあとわずかおもむくままに『方丈記』について調べてみました。 方丈記に一貫して流れているのは「無常観」といわれる思想です。 実際に起こった大火事・地震・飢饉などをなまなましく描写し、人の命や人生・社会のはかなさ、不安定さ…
第五十四章 修観(修道の観)善く建つる者は抜きえず。善く抱く者は脱きえず。子孫以て祭祀して轍(や)まず。之を身に修むれば、其の徳 乃 ち真なり。之を家に修むれば、其の徳 乃 ち余り有り。之を郷に修むれば、其の徳 乃 ち 長 ず。之を国に修むれば、其…
第五十三章 益証 (道に益となる非道の 証 )我をして介然として知ること有らしめば、大道を行かん。唯り 施 すこと、是を畏れん。大道は 甚 だ夷(たい)らかなれども、而るを民は 径 を好む。朝は 甚 だ除まり、田は 甚 だ蕪(あ)れ、倉は 甚 だ虚し。文…
第五十二章 帰元(根元に復帰する)天下始(みち)有れば以て天下の母為り。既に其の母を知れば又以て其の子を知るべし。既に其の子を知り復た其の母を守れば、身を没して殆(あや)うからず。其の兌(め)を塞ぎ其の門(くち)を閉ざせば、身を終うるまで勤…
私は先日、ひょんなことから、『歌集 滑走路』を手にしました。作者萩原慎一郎さんは、1984年生まれで2017年に自死とあり驚きました。その原因として、いじめを受けてきたことに起因すると・・・・。私は、リタイアして青春時代は遠い昔であるのですが、若者…
第五十一章 養徳(徳を養う)道は之を 生 じ、徳は之を蓄う。物は之を 形 し、勢は之を成す。是を以て、万物は道を 尊 びて徳を 貴 ばずということ莫し。道の 尊 きは徳の 貴 きなり。夫れ、之に命ずること莫(な)くして、常に自ずから然り。故に、道は之を…
第五十章 貴生(生を貴ぶ)出ずれば生き、入れば死す。生の 徒(ともがら) は 十 有三、死の 徒 は 十 有三。人の生きんとして動かば、皆死地の 十 有三に之(ゆ)く。夫れ何の故ぞや。其の生を生くるの厚きを以てなり。蓋し聞く、善く生を 摂(やしな) う…
『銀河鉄道の夜と私』について 私が宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』に、自分なりの解釈で挿絵としてペン画を描いたのが1978年(昭和53年)24歳の時でした。これは非売品として百部ほど自費出版したのでした。その後、事情があり、その本の表紙など破棄して、改め…
第四十九章 任徳(聖徳に任ねる)聖人は常の 心 無し。百姓の心 を以て 心 と為す。善なる者は吾亦之を善とす。善ならざる者は吾亦之を善とす。徳あって善とす。信ある者は吾亦之を信とす信ならざる者は吾亦之を信とす。徳あって信とす。故に聖人の天下に在…
第四十八章 亡知(知を亡くす)学を為せば日に益す。道を為せば日に損ず。之を損じて又之を損じ、以て無為に至る。無為にして為さざること無し。天下を取むるには常に無事を以てす。其の事有るに及んでは以て天下を取むるに足らず。 この章は、道を修めてい…
4、馬医リンブー先生 ソン将軍が、お医者の弟子と、けしの畑をふみつけて向ふの方へ歩いて行くと、もうあつちからもこつちからも、ぶるるるふうといふやうな、馬の仲間の声がする。そして二人が正面の、巨きな棟にはひつて行くと、もう四方から馬どもが、二…
3、リンパー先生 さてソンバーユー将軍は、いまやリンパー先生の、大玄関を乗り切って、どしどし廊下へ入つて行く。さすがはリンパー病院だ、どの天井も室の扉も、高さが二丈ぐらいある。 「医者はどこかね。診てもらいたい。」ソン将軍は号令した。 「あな…
『北守将軍と三人兄弟の医者』 1、 三人兄弟の医者 むかしラユーといふ首都に、兄弟三人の医者がいた。いちばん上のリンパーは、普通の人の医者だった。その弟のリンプーは、馬や羊の医者だった。いちばん末のリンポーは、草だの木だのの医者だった。そして…
第四十七章 鑑遠(行くことなく遠くを鑑知する)戸を出でずして以て天下を知り、牖(まど)を 闚(うかが) わずして以て天道を見る。其の出ずること弥いよ遠ければ、其の知ること弥いよ少な是を以て聖人は、行かずして知り、見ずして名づけ、為さずして成す…
2 左パネルの『エデンの園』より。 エヴァの誕生の場面ですが、中央の神は2本指を立てて祝福のサインのようです。その美しいエデンの園ですが、足元の大きな穴には、ちょっと気味が悪い生き物たちの姿があります。 上の場面では、天地創造の後の、一角獣や…
『快楽の園』 1 先日、本屋で一冊の本『謎解き ヒエロニムス・ボス』小池寿子著に出会いました。そのボスの不思議な絵は以前、白黒の挿絵として見たことがあるだけで、その挿絵からは、何が描かれているのかよくわかりませんでした。それが今回、カラー印刷…
第四十六章 倹慾(慾を倹(つま)しくする)天下道あれば、走馬を 却 けて以て糞(おさ)めしむ。天下道無ければ、戎馬郊(じゅうば こう)に生まる。罪は可欲より大なるは莫(な)し。禍は足ることを知らざるより大なるは莫し。咎は得んことを欲するより大…
私が初めてパソコンを手にしたのは、デスクトップ型パソコンVALUESTARでした。2000年Windows Meと呼ばれたものです。 その次に手にしたのは、WindowsXPでしたが、同じく、デスクトップ型でした。そして、今使用しているのが、ノート型パソコンの2012…
第四十五章 洪徳(洪(おお)いなる徳)大成は缺けたるが若し。其の用いること弊(つい)えず。大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若し。其の用いること窮まらず。大直は屈(ま)げたるが若し。大巧(たいこう)は拙きが若し。たいこう つたな ごと大弁は訥…
『一枚の絵画と詩』 12 『フォンテーヌブローの森のはずれ,日没』1848-49年 テオドール・ルソー (1812~1867) パリの南郊、フォンテーヌブローの森のはずれのバルビゾン村に住み着いた画家の一派をバルビゾン派といい、テオドール・ルソ…
『一枚の絵画と詩』 11 『いくつもの絵のある一枚の絵』 1937年 パウル・クレー (1879~1940) 不思議な絵です。古代の象形文字というかエジプトの壁画を思い浮かべました。 世界の四大文明(メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・…
『一枚の絵画と詩』 10 『家具―食物の離乳』 1934年 サルバドール・ダリ (1904~1989) ダリと言えば、シュルレアリスムという言葉がついてきます。シュルレアリスムとは、無意識の表面化、無意識と理性との一致を目指した「超現実主義」と訳…
第四十四章 立戒(長久となるための立戒)名と身と孰(いず)れか親しき。身と貨と孰れか多なる。得ると 亡 うと孰れか病(やま)しき。甚だ愛すれば 必 ず大いに費やす。多く蔵(おさ)むれば 必 ず厚く 亡(うしな) う。足ることを知れば 辱 しめられず。…
2 『すわる裸婦』 1917年 解説より。 ルーマニア出身の彫刻家ブランクーショに出会ったモディリアーニは、その手ほどきで、石のじか彫りに取り組み、シンプルな美しさのある彫刻作品をかなり作った。絵においても、この経験はいかされており、彼の人体…
1 『ロマの母と子』 1919年 アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ(1884年7月12日 - 1920年1月24日)は、イタリアの画家、彫刻家。 モディリアーニ絵画の代表作は、大部分が1916年から1919年の間に集中して制作されている。 ほとんどは油彩の肖像と裸…
四十三章 遍用(遍く用いることができるもの)天下の至柔(しじゅう)は天下の至堅(しけん)に馳騁(ちてい)す。有ること無きは 間 無きに入る。吾、是を以て無為の益有ることを知る。不言の教え、無為の益は天下此に及ぶこと希なり。 この章は、無為の益…
秋晴れの日、ふらりと隣町の小諸城址懐古園に行ってきました。その、二の丸跡に若山牧水の短歌「かたはらに秋くさの花かたるらく ほろびしものはなつかしきかな」が彫られています。 私は高校の教科書でその歌を見たような・・・・。人生が何かなんてわから…
5 そのうちとうとう秋になりました。樺の木はまだまっ青でしたがその辺のいのころぐさはもうすっかり黄金いろの穂を出して風に光りところどころすずらんの実も赤く熟しました。 あるすきとおるように黄金の秋の日土神は大へん上機嫌でした。今年の夏からの…
3 土神の棲んでいる所は小さな競馬場ぐらいある、冷たい湿地で苔やからくさやみじかい蘆などが生えていましたが又所々にはあざみやせいの低いひどくねじれた楊などもありました。 水がじめじめしてその表面にはあちこち赤い鉄の渋が湧きあがり見るからどろ…
『土神と狐』 1 一本木の野原の、北のはずれに、少し小高く盛りあがった所がありました。いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗な女の樺の木がありました。 それはそんなに大きくはありませんでしたが幹はてかてか黒く光り、枝は美しく伸…