不思議と幸せ

小さな幸せ

賢治童話と私   20 インドラの網

『インドラの網』

     1
 
 そのとき私は大へんひどく疲かれていてたし風と草穂との底に倒れていたのだとおもいます。その秋風の昏倒の中で私は私の錫いろの影法師にずいぶん馬鹿ていねいな別れの挨拶をやっていました。
 そしてただひとり暗いこけもものカアペットを踏んでツェラ高原をあるいて行きました。
 こけももには赤い実もついていたのです。
 白いそらが高原の上いっぱいに張ってカオリン産の磁器よりもっと冷たく白いのでした。
 稀薄な空気がみんみん鳴っていましたがそれは多分は白磁器の雲の向うをさびしく渡った日輪がもう高原の西をかぎる黒いとげとげの山稜の向ふに落ちて薄明が来たためにそんなに軋んでいたのだろうとおもひます。
 私は魚のやうにあへぎながら何べんもあたりを見まはしました。
 ただ一かけの鳥も居ず、どこにもやさしい獣のかすかなけはひさへなかったのです。
 
(私は全体何をたづねてこんな気圏の上の方、きんきん痛む空気の中をあるいているのか。)
 
私はひとりで自分にたずねました。
 こけももがいつかなくなって地面は乾いた灰いろの苔で覆はれところどころには赤い苔の花もさいていました。けれどもそれはいよいよつめたい高原の悲痛を増すばかりでした。
 そしていつか薄明は黄昏に入りかはられ、苔の花も赤ぐろく見え西の山稜の上のそらばかりかすかに黄いろに濁りました。
 そのとき私ははるかの向ふにまっ白な湖を見たのです。
 
(水ではないぞ、またソーダや何かの結晶だぞ。いまのうちひどく悦んでだまされたとき力を落しちゃいかないぞ。)
 
 私は自分で自分に言いました。
 それでもやっぱり私は急ぎました。
 湖はだんだん近く光ってきました。間もなく私はまっ白な石英の砂とその向ふに音なく湛へるほんとうの水とを見ました。
 砂がきしきし鳴りました。私はそれを一つまみとって空の微光にしらべました。すきとおる複六方錐の粒だったのです。
 
石英安山岩流紋岩から来た。)
 
 私はつぶやくようにまた考へるようにしながら水際に立ちました。
 
(こいつは過冷却の水だ。氷相当官なのだ。)
 
私はも一度こころの中でつぶやきました。
 全く私のてのひらは水の中で青じろく燐光を出していました。
 あたりが俄にきいんとなり、
 
(風だよ、草の穂だよ。ごうごうごうごう。)
 
 こんなことばが私の頭の中で鳴りました。まっくらでした。まっくらで少しうす赤かったのです。
 
 私はまた眼をひらきました。
 いつの間にかすっかり夜になってそらはまるですきとおっていました。素敵に灼きをかけられてよく研かれた鋼鉄製の天の野原に銀河の水は音なく流れ、鋼玉の小砂利も光り岸の砂も一つぶづつ数えられたのです。
 又その桔梗いろの冷たい天盤には金剛石のへきかい片や青宝玉の尖った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水晶のかけらまでごく精巧のピンセットできちんとひろはれきれいにちりばめられそれはめいめい勝手に呼吸し勝手にぷりぷりふるへました。
 私はまた足もとの砂を見ましたらその砂粒の中にも黄いろや青や小さな火がちらちらまたたいているのでした。恐らくはそのツェラ高原の過冷却湖畔も天の銀河の一部と思はれました。
 けれどもこの時は早くも高原の夜は明けるらしかったのです。
 それは空気の中に何かしらそらぞらしいガラスの分子のやうなものが浮んで来たのでもわかりましたが第一東の九つの小さな青い星で囲まれたそらの泉水のやうなものが大へん光が弱くなりそこの空は早くも鋼青から天河石の板に変っていたことから実にあきらかだったのです。
 その冷めたい桔梗色の底光りする空間を一人の天が翔けているのを私は見ました。
 
(たうとうまぎれ込んだ、人の世界のツェラ高原の空間から天の空間へふっとまぎれこんだのだ。)
     
     2
 
 私は胸を躍らせながら斯う思いました。
 天人はまっすぐに翔けているのでした。
 
(一瞬百旬を飛んでいるぞ。けれども見ろ、少しも動いていない。少しも動かずに移らずに変らずにたしかに一瞬百由旬づつ翔けている。実にうまい。)
 
 私は斯うつぶやくやうに考えました。
 天人の衣はけむりのやうにうすくその瓔珞はまいそうの天盤からかすかな光を受けました。
 
(ははあ、ここは空気の稀薄が殆んど真空に均しいのだ。だからあの繊細な衣のひだをちらっと乱す風もない。)
 
 私は又思いました。
 天人は紺いろの瞳を大きく張ってまたたき一つしませんでした。その唇は微かにわらいまっすぐにまっすぐに翔けていました。けれども少しも動かず移らずまた変りませんでした。
 
(ここではあらゆる望みがみんな浄められている。願ひの数はみなしずめられている。重力は互に打ち消けされ冷たいまるめろの匂いが浮動するばかりだ。だからあの天衣の紐も波立たずまた鉛直に垂れないのだ。)
 
 けれどもそのとき空は天河石からあやしい葡萄瑪瑙の板に変りその天人の翔ける姿をもう私は見ませんでした。
 
(やっぱりツェラの高原だ。ほんの一時のまぎれ込こみなどは結局あてにならないのだ。)
 
 こう私は自分で自分におしえるようにしました。けれどもどうもおかしいことはあの天盤のつめたいまるめろに似たかをりがまだその辺に漂っているのでした。そして私はまたちらっとさっきのあやしい天の世界の空間を夢のように感じたのです。
 
(こいつはやっぱりおかしいぞ。天の空間は私の感覚のすぐ隣に居るらしい。みちをあるいて黄金の雲母のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩に近づいたなと思うのだ。ほんのまぐれあたりでもあんまり度々になるととうとうそれがほんとになる。きっと私はもう一度この高原で天の世界を感ずることができる。)
 
 私はひとりで斯う思ひながらそのまま立っておりました。
 そして空から瞳を高原に転じました。全く砂はもうまっ白に見えていました。湖は緑青よりももっと古びその青さは私の心臓まで冷つめたくしました。
ふと私は私の前に三人の天の子供らを見ました。それはみな霜を織ったようなうすものをつけすきとほる沓をはき私の前の水際に立ってしきりに東の空をのぞみ太陽の昇るのを待っているようでした。その東の空はもう白く燃えていました。私は天の子供らのひだのつけやうからそのガンダーラ系統なのを知りました。またそのたしかにコウタン大寺の廃趾から発掘された壁画の中の三人なことを知りました。私はしずかにそっちへ進みおどろかさないようにごく声低く挨拶しました。
 
「お早う、コウタン大寺の壁画の中の子供さんたち。」
 
三人一緒にこっちを向きました。そのようらくのかがやきと黒いいかめしい瞳。
 私は進みながら又云いました。
 
「お早う。コウタン大寺の壁画の中の子供さんたち。」
 
「お前は誰だい。」
 
 右はじの子供がまっすぐに瞬きもなく私を見て訊ねました。
 
「私はコウタン大寺をすなの中から掘り出した青木晃というものです。」
 
「何しに来たんだい。」少しの顔色もうごかさずじっと私の瞳を見ながらその子は又こう云いました。
 
「あなたたちと一緒にお日さまをおがみたいと思ってです。」
 
「そうですか。もうじきです。」三人は向ふを向きました。瓔珞は黄やだいだいや緑の針のようなみじかい光を射、うすものは虹のやうにひるがえりました。
 そして早くもその燃え立った白金のそら、湖の向うの鶯いろの原のはてから熔けたやうなもの、なまめかしいもの、古びた黄金、反射炉の中の朱、一きれの光るものが現はれました。
 天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌しました。
 それは太陽でした。厳かにそのあやしい円い熔けたやうなからだをゆすり間もなく正しく空に昇った天の世界の太陽でした。光は針や束になってそそぎそこらいちめんかちかち鳴りました。
 天の子供らは夢中になってはねあがりまっ青な寂静印の湖の岸、硅砂の上をかけまわりました。そしていきなり私にぶっつかりびっくりして飛びのきながら一人が空を指さして叫びました。
 
「ごらん、そら、インドラの網を。」
 
 私は空を見ました。いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂から四方の青白い天末までいちめんはられたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金で又青く幾億互に交錯し光ってふるえて燃えました。
 
「ごらん、そら、風の太鼓。」
 
も一人がぶっつかってあわてて遁げながら斯う云ひました。
 
 ほんたうに空のところどころマイナスの太陽ともいうように暗く藍や黄金や緑や灰に光り空から陥ちこんだようになり誰もたたかないのにちからいっぱい鳴っている、百千のその天の太鼓は鳴っていながらそれで少しも鳴っていなかったのです。私はそれをあんまり永く見て眼も眩くなりよろよろしました。
 
「ごらん、蒼孔雀を。」
 
 さっきの右はじの子供が私と行きすぎるときしづかに斯う云いました。まことに空のインドラの網のむこふ、数しらず鳴りわたる天鼓のかなたに空一ぱいの不思議な大きな蒼い孔雀が宝石製の尾ばねをひろげかすかにクウクウ鳴きました。その孔雀はたしかに空には居りました。けれども少しも見えなかったのです。たしかに鳴いておりました。けれども少しも聞こえなかったのです。
 そして私は本当にもうその三人の天の子供らを見ませんでした。
 却って私は草穂と風の中に白く倒れている私のかたちをぼんやり思い出しました。
 
・『インドラの網』、いかがでしたか。
 
 私は詩人であり宗教家でもあった賢治が描いた天の世界・インドラの描写に、どこか他者をよせつけない孤独感を思いました。でも、「インドラの綱」について調べていると、次のようにありました。
 
「インドラとは、仏教では帝釈天(たいしゃくてん)という名で知られている古代インドの神様です。その宮殿の天井を飾っている網の結び目の一つひとつには宝珠が結わえられており、それらがちょうど合わせ鏡のように互いに互いを映し合い、どれか一つの宝珠をとりあげれば、そこにはその他すべての宝珠の姿が映し出されているといいます。」と。
 
 思えば、『インドラの網』とは、孤独な世界ではなく、ひとりぼっちで生きているかに見えるこの私たちは、実際には、さまざまな他者とわかちがたく結びつき、かかわり合いながら生きているということであり、賢治が伝えようとしたのも、世界みんなのしあわせへの願いだったのだと・・・・。
 
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