
私がカルマという言葉を耳にしたのはいつだろう。カルマとは古代インドの思想や仏教・ヒンドゥー教などに由来する言葉で、「行為(カルマ)」とその「結果」を指し、過去の行為が未来に影響を与えるという「因果応報の法則」を意味します。
ということは、前世での行為が今世に作用していることにもなり、人間の生まれかわり、魂の再生を認めていることになります。人間に生まれかわりなんてあるのだろうか?
幾つかの本を読んでいくと、私は生まれかわり、再生があってもいいのではと思うようになりました。以下、それらの本のなかから紹介しながら自分の思いなど書いて行こうと思います。
先ず、この世一回限りの人生より、何度か再生して新たな人生を歩んでいけるほうが、人間は進歩するというか、悟りに近づけるのではと思うのです。
それに関連して、『カルマと再生』本山博著より。
人間はどうして再生するのだろうか。それは、この世への関心や執着が強いからだ。では、この世へ執着する自我、魂は永遠のものだろうか。いや、永遠ではなく、他のものとの相互依存によって成り立つ無常のものにすぎないのに、それに気づかず、それを永遠に保ちたいという欲望があるかぎり存在し続けるものであり、それは自分の行為を原因として、次の自分の在り方を結果としてもつ因果関係、カルマの法則によって成り立つものである。
それでは、それら魂の再生の例を、『夢幻界への旅』安東民著より。少し長くなりますが、興味深い除霊などのお話もでてくるので紹介いたします。
1982年7月に浦和市で懇談会が開かれた時のことである。人々を次々と霊査をし、除霊をしてあげたのであるが、大体ひとりあたり10分から15分程度でたちどころに除霊ができ、皆あかるい顔になって帰って行かれたのだから筆者としては本当にありがたいことであったわけである。これは相談を受けた方々の心がすなおだったことと、各人の保護霊さまが好く協力してくれたこと、また筆者も精根をつくして努力したことによるものと思われるのである。そう、一部分の人々は皆、問題をもっていたのであるが、そのなかで3人の女性だけは何ら問題がなかったのである。
そのなかの一人の方からこういうことを聞いたのである。
「私の息子は自分で真田幸村の生まれかわりであると主張しているのですよ。
幸村さまを祭っているお社に参拝して記念写真をうつしたところ、息子の顔が変貌現象を起こして口の下にひげの生えた武士の顔になっていたのです。それも年とったお武家さまのお顔で幸村さまとそっくりなんです。」
「そうですか?それじゃ真田幸村さまの生まれかわりに間違いないですね!」
「しかし、安先生の書かれた<心霊界の旅>をみますともうすでに幸村さまは再生されているとのことで、ひとりの魂が2人以上にわかれて再生することもあるのですか?」
と真剣に聞かれたのであった。
「十分にあり得ることなんです。
真田幸村さまは高級霊で今回は特別な使命をもって再生されたわけであり、再生する前に先ず幽界で同じ志をもった他の霊たちと合体した後に、分霊現象を起こして再生したのですよ。私の場合をみても同じなんです。
理論的にみると7人の魂が寄り集まって複合霊として生まれた私の分身は数の原理によって5040名になるわけです。
そのなかでもう2人の人は発見して、その中のひとりとは対談をして自分自身の分身ということをお互いに確認したのですよ!」
超能力者・安東民先生の驚くべきお話でしたが、幽界や霊界について理解し見える霊能力者でもある安東民先生の言うことですから、私はやはり、魂の生まれかわりを受け入れるのでした。ちなみに、二人はお会いしたことはなかったですが、私の敬愛する本山博先生と安東民先生は同じ魂をもっていることを、安先生は書いていました。
ともかく、安東民先生も、
「私達が過去世で行ったあらゆる行為は全部原因になって今世での結果があるのですよ。原因のない結果ってありようがないのですよ!」と・・・・。
まとめとして。私に限らず人は自分の前世がどのようだったのか知りたくもなるでしょう。私自身、想像ですが、過去のある人の生まれかわりではないのかなんて思ったこともありますが、あまり過去にこだわることなく、今世のきょうという一日を精いっぱい生きてゆければそれで良いのではないかと思うのでした・・・・。
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